NPO多摩ニュータウン・まちづくり専門家会議(たま・まち

NPO多摩ニュータウン・まちづくり専門家会議(たま・まち

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皆さんお早うございます。急な告知失礼します\(_ _)
7/2 日曜は東京都議選です。選挙に行く人も興味ない方も聞いて下さい。

少子化問題がある今このままいくと更に加速して老人と若者の比率が逆転して老人9割、若者1割なんて国になってしまうかもしれません。そうなると国は機能しなくなり暗黒時代へ突入します。
現実的にこれから年金負担額も上がっていくでしょう。生活は本当に厳しくなっていきます。
そこで今回

「土居範洋(どいのりひろ)」

が危機を感じて立ちあがりました。無所属、無宗教、無組織で何の後ろ楯もない男がこのままではまずいと思い都議選に出る事を決めました。今までは大きい組織の人間が組織の命令だけで政治を動かしているため世の中を大きく変えるのはまあ無理だと思ってます。
ん土居をチェックお願いします(^-^) 東京いや日本に新しい風を吹かせます。 7/2 日 は選挙にどうですか?

NPO多摩ニュータウン・まちづくり専門家会議が主催する木曜サロンをはじめ、さまざまなイベントや勉強会などのご案内 住民が主人公となる継続的・持続的なまちづくりを支援し、住みつづけられる多摩ニュータウンの実現を目的として活動しています 設立趣意書
 20世紀の先進的なまちづくりの実験都市として生まれた多摩ニュータウンも、誕生から既に30数年が経過しました。ここで生れ育った子供たちも、成人を迎え、新しい家庭を持ち始めていますが、彼らの多くは、就業環境や住宅環境等の問題でニュータウンの外に新居を求めざるを得ない現状にあります。さらに、著しい少子化の流れが重なり、急激に高齢社会へと向かっています。

 こうしたなかで、「高齢者が今後も安心安全に暮らせる環境づくり」、「ここで生まれた世代が住み続けられる環境づくり」、「安心して子育てができる環境づくり」など、多様な世帯が地域に根ざして住み続けることができるまちづくりが求められています。

 これまで多摩ニュータウンの開発は、東京都や都市基盤整備公団(現都市再生機構)が牽引してきましたが、これらの公的機関は、その役割を終える時期を迎え、これからは、住民自らがまちづくりの主体になる時代がきています。

 ニュータウンには、他に類をみない優れた都市的資産や多彩な人材が蓄積されています。住みつづけることのできるまちづくりのためには、これらの地域の資産を有効に活用していくことが必要であり、住民主体のまちづくりを進めるためには、豊富な人材をはじめとする多様な主体の協働が必要です。

 私たちは、ニュータウンを愛する生活者の一人として、また、地域で活動するまちづくりの専門家として、住民のニーズを汲み取り、地域の様々な課題を解決するため、地域住民との協働によるまちづくりに取り組むことを目的として、「多摩ニュータウン・まちづくり専門家会議」(略称「たま・まちせん」)を立ち上げました。

 広く一般市民を対象として、まちづくり・住まいづくりに関する調査・研究事業、啓発・普及事業、情報収集および情報提供事業、技術支援・ノウハウ提供事業等を行うことにより、地域が主体となる時代、環境の時代にあって、持続性のある、育ち続けるニュータウンを目標に、「都市と住まいの循環」という基本的な理念のもとに、地域を活性化させ、ゆとりある生活を実現するためのまちづくりを進めます。

 そのため、私たちは地域に責任を持つまちづくりの専門家集団として、具体的・実践的な事業プログラムを提案し、継続的・持続的にまちづくり事業の実現を支援する活動を行っていきます。

平成16年9月1日
特定非営利活動法人
多摩ニュータウン・まちづくり専門家会議

23/05/2022

第160回(5月)木曜サロンの報告です。(長文で失礼します)

■テーマ:「マンションの60年とこれからの展望 ~マンションに明るい未来はあるか~」
■講師:飯田太郎(いいだ たろう)さん((一社)マンションライフ継続支援協会(MALCA)相談役、(公財)まちみらい千代田顧問、月刊マンションタイムズ(不動産経済研究所)編集協力者等。マンション管理士。 )

 飯田さんは、これまで広告やマーケティングの仕事でマンション関連の業務を手掛けてこられ、ご自身のマンション管理組合の理事長や修繕委員長も経験されています。今でもマンションライフ継続支援協会、まちみらい千代田などの団体で顧問を勤められ、月間マンションタイムズの編集など、マンションに関わる様々な分野で活躍されています。
 今年は区分所有法の制定から60年となり、そのうちの50年をマンション関係の仕事に携わってこられた経験から、マンションのこれからと将来の可能性について考えたいということで、今回サロンで講演していただくことになりました。

 飯田さんは、マンションの60年の歴史を6つの時期に区分し、それぞれの特色と時代背景について提示されました。これは今回のサロンに向けて、試行錯誤しながらいまでも悩みつつまとめられているということですが、大変有意義で興味深い分析ですので、簡単にご紹介します。

①黎明期(1955(S30)~1971(S46))高度成長期におけるマンション建設ブーム  
 1955年に日本住宅公団が設立され新しい住型式、ニュータウン建設が始まる。1962年に区分所有法が制定されたが制度インフラは未整備。分譲業者、管理業者とも玉石混交。コーポラティブ方式によるマンション供給も登場。

②創世記(1972(S47)~1981(S56))2度のオイルショックを経て安定成長に向かう時代
 1972年の列島改造論に始まる第3次マンションブームの到来。その後、1972、1979年の2度のオイルショック。1976年には建築基準法が改正され日影規制や総合設計が制度化。1978年の宮城県沖地震を経験し1981年には新耐震基準ができる。

③定着期(1982(S57)~1989(H元))バブル経済のもと地価高騰の時代
 1982年中高層共同住宅標準管理規約の制定、1983年区分所有法改正でマンション管理は充実。一方地価高騰、マンション価格が年収の5倍を超える。地価監視区域制度や土地基本法が制定された。農住法が制定され、都市農地の活用や市街化区域内農地の宅地並み課税も議論された。

④発展期(1990(H2)~1999(H11))バブル崩壊と地価暴落の時代
 1990年代初めのバブル崩壊とともに不動産業界の不良債権が築盛、ディベロッパーの淘汰。マンション価格も低下し、マンション供給も増加。1995年には阪神淡路大震災により多くのマンションが被災し100棟超が建替え。一方、1993年には環境基本法が制定、1996年土地政策審議会答申による「所有から利用へ」の提言、1998年「21世紀の国土のグランドデザイン」など21世紀を目前に新しい取り組みの機運が生まれてきた。

⑤成熟期(半熟)(2000(H12)~2009(H21))マンション管理の体系が充実していく時代
 2000年住宅品質確保促進法、マンション管理適正化法、長期修繕ガイドライン、マンション建替え円滑化法、2001年マンション管理士法など、相次いでマンション管理の体系・法制度が充実した。一方、マンションへの信頼を損なう構造計算書偽造事件も発生。マンションストックは500万戸を超え、良好な住宅ストック形成への機運も芽生えてきたが、マンション事業は成熟に至らず「半熟」状態にあった。

⑥循環期(2010(H22)~)少子・高齢化、人口減少に向かう時代
 2011年東日本大震災、2016年には熊本地震と大規模地震が連続して発生。2020年改正マンション管理適正化法・建替え等円滑化法の制定。マンションを巡る二つの老い(高経年マンションの増加と居住者の高齢化)が議論されるようになり、マンションの建設から維持管理と再生にシフトするようになった。自治体やマンション当事者(ディベロッパー、管理会社、管理組合、管理士等)も対処の方向を模索中といった状態にある。

 このようなマンションの歴史を振り返り、その過程で飯田さんが経験されてきた様々なできごとマンションとの関りなどもお話しいただきました。これらを踏まえ、これからの展望を次のように述べておられます。
 「今後とも、よりよい住宅生活へのニーズは大きく、マンションはコンパクトなライフスタイルに適合し、かつ防災・減災にも優れている。区分所有者が維持管理の大変さを理解し、習慣づければ発展の可能性は大きい。これからタワーマンションの課題が本格化するようになると、維持管理や再生の認識が深まってくる。
 また、関係人口(交流人口)の増加による2地域居住が広がっていけば、マンション型の居住も拡大するであろう。岸田内閣のデジタル田園都市構想を国土及び居住の在り方とリンクすることが重要。つぎはぎでつくられたマンションの総合法制化に期待したい。
 マンションを供給と再生の循環型事業とするためには、公(計画性+秩序型)と民(野武士型エネルギー)の連携が必要。建替えに際しては公共の土地取得による定借マンションや公共施設との合築も考えられる。多摩ニュータウンは公・民の連携できる条件があり、新たな事業モデルが誕生する可能性を秘めている。」

 お話の後の意見交換では、マンション管理の在り方や管理組合の抱える様々な課題について議論が交わされました。
 飯田さん、ご苦労の後がうかがわれるマンションの歴史的な分類と考察、興味深いお話をありがとうございました。せっかくのお話を十分に紹介できず申し訳ありません。説明不足や間違いがあれば、どうぞ、遠慮なくご指摘ください。

総務省|自治体戦略2040構想研究会|自治体戦略2040構想研究会 21/03/2022

総務省|自治体戦略2040構想研究会|自治体戦略2040構想研究会

第159回木曜サロン(3/17)の報告です。(長文で失礼します)

■テーマ:「現役国家公務員が地域活動に飛び出してみた」 ~地方自治の理論と実践~
■講師: 小川大介(おがわ だいすけ)さん((一財)地方自治研究機構 調査研究室長(総務省から出向)
  小川さんは総務省に勤務される現役の国家公務員で、現在は地方自治研究機構に出向されています。関東や九州各地を転勤され、多摩市に居を構えられて7年になるということです。 地域においては、多摩地域広域の自治体職員の勉強会「タマガワ・リーグ」や多摩市の若者会議のコアメンバーとして参加されるなど、多彩な活動をされています。今回のお話は、総務省という地方自治に係る様々なお仕事をされる国家公務員という立場で、自治体の地域活動にご参加される中で感じられたことをお聞きし、地方自治、住民自治とは何ぞやという素朴な疑問に対して議論を深めようというテーマです。 お話は、総務省の役割や地方自治、自治体戦略2040などから始まり、地方公務員の副業・兼業、多摩市の自治推進委員会や「地域委員会構想」について、そして小川さんが地域活動に関わるきっかけ・・・と大きなテーマから多摩市の具体的な自治政策や個人的な関りまで幅広い内容でした。
 総務省は旧総務庁、自治省、郵政省の3省庁が統合された役所です。役割は旧省庁単位で分化されており、自治省系の業務は地方自治法、地方交付税法、地方税法に関わるもので、大半の業務が制度設計に関するもの(団体自治)であり、総務省職員は地方自治体への出向により自治体の実情を学ぶということだそうです。 地方自治は憲法の第8章に定められ、「団体自治」と「住民自治」の概念が規定されています。「団体自治」はいわゆる地方公共団体に関わること、「住民自治」は住民の政治参加、選挙権や直接請求権などに関わることということができます。住民に関わることは基礎自治体(市区町村)が担うものとされ、地方自治法では”地方公共団体の自主性及び自立性が十分に発
揮されるようにしなければならない”と『市町村優先の原則』が謳われています。財政規模も地方自治体が約6割と国を上回っています。 国と地方の関係は主従ではなく役割分担が基本です。平成12年施行の地方分権一括法では、国と地方自治体は上下・主従の関係から対等な関係となり、機関委任事務(国の事務)が廃止され、これに伴い国の自治体に対する包括的な指揮監督権が廃止されました。
 最近の地方自治に関わる話題として2点、一つは「自治体戦略2040構想」です。高齢者人口がピークとなるおおむね2040年頃に自治体が抱える行政課題を整理し、今後の自治体の在り方を展望し、課題解決に向けた対応策を検討しようとするものです。大変興味深いのですが、内容が多岐にわたり、奥深いものになっているので、ここではキーワードをいくつか紹介するにとどめます。 迫りくる我が国の内政上の危機とその対応として、①若者を吸収しながら老いていく東京圏と支え手を失う地方圏、②標準的な人生設計の消滅による雇用・教育の機能不全、③スポンジ化する都市と朽ち果てるインフラの3点が指摘されています。 そして新たな自治体行政の基本的考え方として①スマート自治体への転換、②公共私によるくらしの維持、③圏域マネジメントと二層制の柔軟化、④東京圏のプラットフォームの4項目について提言されています。 さらに内容を知りたい方は、総務省の「自治体戦略2040研究会」のWebサイトhttps://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/jichitai2040/index.html
をご覧になってください。  二つ目の話題として取り上げるのは「公務員の副業・兼業」ということです。地方公務員法では地方公務員の副業は許可制となっていますが、最近は地域社会のコーディネータとして公務以外の場で活動することが期待されるようになっています。神戸市をはじめとして先進的な自治体では、許可基準を明確にして社会貢献のための兼業を促進している自治体もあります。 兼業による社会貢献活動への参加を通じて、実際の公務にその経験や培われたスキルを活かすことが重要だと小川さんは言われます。  小川さんは令和元年から多摩市自治推進委員会の副委員長として「地域委員会構想」に携わっておられます。「地域委員会」は多摩市がめざす「市民・地域と行政の協働のしくみづくり」を具現化するため、国の地域共生社会の実現(厚労省)、地域運営組織の形成(総務省)、公共私の連携(地方制度調査会)などの動きも踏まえて、住民自治を充実させていくための制度として考えられています。 地域委員会は、地域担当職員、地域福祉コーディネータ、中間支援組織から構成され、地域の中をつなぐためのプラットフォームづくりやプロジェクトごとの多様な活動を行い、地域における人材の掘り起こしや課題解決に向けた実践的活動を生み出していこうとするものです。 実際の活動においては中間支援組織の役割が重要となり、小川さんも関わっておられる多摩市若者会議は中間支援組織として活動しています。また、「多摩市エリアサポーター制度」として市職員が地域担当として関わり、地域の中での課題を把握し、プラットフォームをつなぐとともに、市役所内の縦割りの組織をつないでいく役割も期待されています。
 小川さんが、地域活動に関わるようになったのは、住民自治を知りたいという建前とは別に、独身中年男性として孤立したくないと思っていたところに、自治大学校での自治体職員の方との研修がきっかけで、業務以外に学ぶ機会をつくりたいと思うようになったことだそうです。《人間関係のわらしべ長者》とスライドのタイトルに記載されていましたが、それからの活動は、タマガワ・リーグから多摩市職員の自主勉強会への参加、タマガワ・リーグの幹事メンバーとして活動していく中での人間関係の広がり、多摩市若者会議への参加とその中での様々な人との出会い、・・・と、まさに『人間関係のわらしべ長者』のようです。 地域活動を通じて感じたこととして、多摩市の人は暖かく自分以外のものに対する寛容性がある。国家公務員や都道府県職員は地域活動に参加すべきで、自分が住民として感じることを政策に反映すべき。多数決を原則とする民主主義から取り残される人、行政だけではカバーできない「ひとりひとりの幸福追求」に中間支援組織の役割が重要ということを挙げておられます。 最後に地域でこれから取り組んでいきたいこととして、若者会議で取り組んでいるストリートビュー撮影のドキュメンタリー映画づくり、アダプト制度を活用した遊歩道での野菜づくり、そして、地域で「幸せを繋ぐ人」、多摩市での講演な出会いの「恩送り」をやっていきたいそうです。

総務省|自治体戦略2040構想研究会|自治体戦略2040構想研究会 法人番号2000012020001 〒100-8926 東京都千代田区霞が関2−1−2 中央合同庁舎第2号館 電話03-5253-5111(代表)【所在地図】

Home | けぇどの会所 29/01/2022

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第158回木曜サロン(1月20日)の報告です。(長文で失礼します)

■ テーマ:「 どうして’’けぇどの会所’’をつくろうと思ったのか?」 〜私がまちづくりの活動から学んだこと〜
■講師: 小林攻洋 (こばやし こうよう)さん(元稲城市職員、NPO法人市民サポートセンターい なぎ理事、コレクティブハウス聖跡大家)
 小林さんは多摩市関戸在住で、1973年に稲城市役所に入庁し、広報公聴、生涯学習、福祉、企画などに携わってこられましたが、在勤中から市民によるまちづくり活動グループの設立や運営に関わり、退職後も様々な活動に精力的に取り組んでこられました。
 また、ご自身の土地を活用して、2009年に大栗川沿いにコレクティブハウス聖跡、2020年に旧鎌倉街道沿いの行幸橋交差点そばに出会いと集いの場所「けぇどの会所」・「けぇどの長屋」(賃貸住宅6室)を開所しました。
「けぇどの会所」・「けぇどの長屋」は旧鎌倉街道沿いの約750㎡の敷地に建ち、「けぇどの会所」内はギャラリー、茶の間、キッチンなどで構成され、北側には気持ちの良い「木漏れ日デッキ」、道路沿いには「桜のひろば」があります。
今回は「けぇどの会所」にかける思いとそこに至るまでに小林さんが関わってこられた様々なまちづくり活動についてお話いただきました。
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 まずは、「けぇどの会所」にかける思い・・・
 キャッチフレーズは、〜ヒト、モノ、コトが出会い、日常の暮らしをちょっぴり豊かに〜で4つの柱からなっています。
●建物の名称がなぜ「会所」なのか?
 「けぇど」とは、昔「街道」のことを「けぇど」と言い、小林家の代々の屋号にもなっているそうです。また、「会所」は鎌倉時代には身分の上下に関わらず人が集って連歌、茶会などを楽しむ文化的空間であり、さらに江戸時代には町の共有空間としてまちの拠点の役割を果たしていたそうです。文化的空間であり、まちづくりの拠点として、現代の「会所」を目指す思いがこのネーミングに込められています。
●まちの縁側になってほしい!
 キャッチフレーズにもあるように「ヒト、モノ、コトが出会う」場として、昔身近にあった「縁側」を目指していています。このコンセプトは小林さんが敬愛する、まち育ての研究・実践者として活躍された故遠藤安弘氏が提唱された取り組みでこれに触発されたとのことです。
●みんなで育てていく空間であってほしい!
 大家の小林家が運営するのではなく、集う人がみんなでこの空間を魅力的なものにしてほしい、一緒に汗を流して育ててほしいという思い、これが具体的な運営コンセプトの重要なポイントにもなっています。
●会所を楽しみ尽くすために「連」のような仲間がほしい!
 「連」とは江戸時代は俳諧を楽しむ「サロン」のような集まりで知られていますが、調べてみるとこれも「庶民や武士など身分を超えて集まる組織」だったそうです。小林さんからも、今あるのは地域の「神輿連」のように「対等な仲間同士がつきあうグループ」と説明がありました。この思いも現代版「連」として会所の運営を支えるメンバーシップの会としてスタートしているそうです。

 会所の運営については、コロナの影響もあり本格スタートが遅れたそうですが、コーディネートチーム、メンバーシップの会を中心にした運営体制も整い、趣旨に共感する方への「茶の間」(ワークショップや勉強会など)やキッチン(仲間内での食事会、小商い用のキッチン使用など)などの貸し出しや様々なプロデュースイベント(ギャラリーでの展示・販売、エコマーケットなど)が動き出しています。

 さて、小林さんは様々なまちづくり活動に関わってこられましたが、これらの活動での体験が「けぇどの会所」開設のヒントとなり、また最終的な結論であるとのことです。
 今回は、まちづくりに目覚めるきっかけとなった『いなぎエコ・ミューゼ』の立ち上げ(1997年)、その後の『NPO法人市民活動サポートセンターいなぎ』、『NPO法人いなぎ里山グリーンワーク』、『コレクティブ・ハウス聖蹟』、そして、関戸地区の地縁活動として関わっている『まち育てネットワーク関戸・一ノ宮/小中学校行事、関戸楽園祭/自治会/サロン』について沢山の写真とともに紹介していただきました。
 お話を通して、様々な年齢、立場の方々が関わる活動の様子、それぞれご苦労もあったと思いますが、何より小林さんご自身が楽しんで関わってこられたことが伝わってきました。また、これらのまちづくり活動の中でも、地縁活動(例えば祭りや接待所)でも、「食」が人をつなげるシーンとして重要であるという思いが「会所」の「茶の間」に活かされているようです。

 土地を所有されている方には相続税など悩みや苦労もありますが、収益重視の「不動産活用」ではなく、「土地は先祖が残してくれたもの」「不動産を地域の中で活かして価値がある」「(コレクティブハウス聖跡の例では)居住者が磨いて付加価値をつけてくれる」という言葉が大変印象的でした。
 旧鎌倉街道沿いに立つ蔵風の建物、「あれは何だろう?」と気にしている方も多かったようですが、今回その謎も解け、「是非、行ってみたい!」「行きます!」という声も聞かれました。現在は、主に「金、土、日、月」オープンとのことですが、下記HPでギャラリーでの企画展示なども確認できます。
*「けぇどの会所」 https://www.kdonokaisho.com/

 今回は、これまでの木曜サロンで聞く機会がなかった稲城市でのまちづくり活動も紹介していただきましたが、ここでは詳しく書くことができませんでしたので、現在の各活動のHPなどをご紹介させていただきます。
*いなぎエコ・ミューゼ:いなぎエコ・ミューゼへようこそ! http://pondoragon.com/
*NPO法人市民活動サポートセンターいなぎ:特定非営利活動法人 市民活動サポートセンターいなぎ https://i-inagi-support.org/
*NPO法人いなぎ里山グリーンワーク:NPO法人いなぎ里山グリーンワーク  http://www.inagi-greenwork.com/
*コレクティブ・ハウス聖蹟:コレクティブハウス聖蹟https://www.collectivehousing.jp/single-post/chseiseki_vacancy

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東京府洪水記念図 30/11/2021

東京府洪水記念図

第157回(11月18日)木曜サロンの報告(長文で失礼します)

■テーマ:「多摩ニュータウンの開発前・後の災害を考える。」~特別展「災害と多摩」で扱った事例を通じて~
■講師:
橋場万里子 (はしば まりこ)さん(公益財団法人多摩市文化振興財団学芸員 )
 
 橋場さんはパルテノン多摩の学芸員として『武蔵国一之宮』『関戸合戦』『アニメーションと多摩』『災害と多摩』『ニュータウン誕生』などの展示を担当してこられています。今回は、その中から2017年の特別展「災害と多摩」での調査事例から、多摩ニュータウンに関連する土砂災害と水害について紹介していただき、土地の大規模改変を経た多摩ニュータウンでは、開発前と後で災害のあり方はどのように変化したのか、また多摩ニュータウン開発以降のさまざまな課題などの話題を提供していただきました。
 
 開発前の土砂災害として明治8年の暴風雨に伴う記録が残っており、寺方や落合地区での被害や、白山神社では土砂崩れにより平安時代のものと思われる十一面観音が出土したという記録もあるそうです。
 多摩地域には、土砂崩れ、山崩れを表す「びゃく」という地名があったとのことです。唐木田の現大妻女子大学近辺には「大びゃく谷戸」という地名がありました。また鶴牧西公園の川井家そばの山林は、峰岸松三氏の記録によれば関東大震災で崩れ「びゃく山」と呼ばれていたそうで、この山林は現在も昔の地形が残されています。
 関東大震災では、人家の多い谷部での家屋の崩壊や橋の崩壊などの記録が多いが、山の上の寺社の被害や連光寺の集落が崩壊したという記録もあり、記録にはあまり残されない山間部での被害や土砂崩れもあったのではないかと推定されます。
 多摩ニュータウンの開発前は土砂災害が多かったものが、造成により危険な谷が埋め立てられて、土砂災害の危険性は低くなったのではないかと想定されます。東京都の土砂災害計画区域マップを見ると、崩壊危険区域は近接する町田や八王子の丘陵地に比べると格段に少なくなっており、多摩ニュータウンでは自然地形の危険区域はほとんどありません。

 明治以前の水害については、多摩川の記録は多く、大栗川も残っていますが、乞田川に関する記録はほとんどありませんが、安政6(1859)年の「多摩川洪水記」に乞田川の記述がみられます。 多摩市域にも大きな被害をもたらした明治43年の水害を記録した『東京府洪水記念図』(多摩市デジタルアーカイブで閲覧可能)でも、川の存在すら記録されていません。 しかし、伝承記録としては、「毎年台風により川があふれた」、「稲がみずに浸かった」という記述があり、また、橋や道路の決壊被害の記録も残っていることから、 乞田川も毎年のように洪水の被害があったと想定されます。昭和になると昭和33(1958)年の狩野川台風、昭和41(1966)年の4号台風による洪水の記録が残っています。
 乞田川の河川改修は、多摩ニュータウンの開発とともに昭和44年~50年にかけて実施されています。 しかし、それ以前の航空写真を見ると、昭和30年代初めにはすでに河川改修が行われており、 昭和36年の改修流路は、ニュータウン開発後の流路と異なることが分かります。昭和33年や41年の洪水被害の図も、その当時と河川の流路と照らし合わせてみなければならないということが分かります。
 多摩ニュータウンの開発後は、乞田川の洪水被害はほとんどなくなり、大栗川合流部に近いあたりなど限られた場所で小規模な被害がみられるばかりになっています。
  
 橋場さんは、多摩ニュータウンの開発により、土砂災害や洪水をひこ起こす地形などの自然条件が改善され、大きな災害の発生はみられなくなったが、微地形や土地条件による災害発生やインフラの老朽化に伴う被害の発生などは今後留意していく必要があるということ、また、開発前の旧地形がニュータウンに与えている影響は不明だが、開発当時の地形と対照しながら災害の様子を見ていくことも必要ではないかと、まとめとして指摘されています。
 
 報告の後、多摩ニュータウンの大規模造成地は、関東大震災のような大規模直下型地震を経験してないなかで、安全性はどうか。また、乞田川の河川改修がニュータウン開発前と流路が異なるのは、西武による開発によるものではないか。これからは災害時のSNSによる様々な声を分析することも有効な方法になりうる。富士山噴火による災害記録はないかという疑問に対し、宝永噴火では火山灰が9㎝積もったという記録があること。などなど、参加した皆さんと活発な意見交換ができました。
 
 橋場さん、お忙しい中、 貴重な資料をみせていただきながらの興味深いお話をありがとうございました。せっかくのお話の内容を十分に紹介できず申し訳ありません、舌足らずで説明不足や間違いがあれば、どうぞ、遠慮なくご指摘ください。

https://trc-adeac.trc.co.jp/Html/ImageView/1322405100/1322405100200010/042/

東京府洪水記念図

欧米に学ぶ 健康快適都市 原田 敬美(著/文) - 都政新報社 28/07/2021

欧米に学ぶ 健康快適都市 原田 敬美(著/文) - 都政新報社

第155回(7月15日)木曜サロンの報告です。

■テーマ:「 拙著、”健康快適都市”を基に、アメリカの街づくりの本質を語る」
■講 師: 原田敬美(はらだ けいみ)さん、SEC計画事務所代表、前港区長、博士(工学)、技術士(建設)、一級建築士、国際建築アカデミー客員教授(ブルガリア)

 原田敬美さんにひさびさにお話を伺うことができました。前回は港区長を退任されて間もない2007年7月でしたので、実に14年ぶりになります。原田さんは昨年、「欧米に学ぶ 健康快適都市」を出版されました。50年にわたる調査・研究の集大成ということです。今回はこのご著書の内容をもとにしたお話でした。

 原田さんの専門は建築デザインで、早稲田大学では穂積信夫氏に師事、建築実務は菊竹清則氏に教示を受けられ、何事も書き残すことが大切との指導を教訓にこれまでに翻訳、共著も含め17冊の本と400編の論文などを書き、89~91年には朝日新聞で「建築と都市問題」をテーマにコラムも担当してこられたということです。
 33歳の時に丹下健三氏を座長とする港区長の政策ブレーン会議に参加、それ以降港区の政策づくりにかかわるようになり、区長交代の折に周囲から押されて断り切れず区長になることになったということです。
 原田さんはアメリカに2度、スウェーデン1度の3度の海外留学を経験され、そこで世界の建築界をリードするような素晴らしい人たちとの出会いが人生の宝になったそうです。港区長時代には政治の素人ゆえに、しがらみのない公正な行政を実践され、これらの経験から、建築界だけでなく、幅広い分野の人たちとの交友関係を持つことができ、”公正正義”をモットーとしてきた、これが人生観になっていると話されていました。

 ご拙著「健康快適都市」からの話題提供は、欧米と日本でのご体験から3つのテーマに沿って話しをしていただきました。ひとつは、市民と行政との距離が近いか、遠いか。二つめは市民と市議会との距離が近いか、遠いか。三つめは役人の意識がPublic Servant(公僕)か市民の支配者なのか。

 アメリカテキサス州サンアントニオのウォーターフロント開発は、原田さんが1980年に「日経サイエンス」で紹介され、日本でもウォーターフロントの事例として有名です。かって100年に一度の大洪水に見舞われ、市街地を流れる川をつけかえて、廃川にしまおうという計画が持ち上がった時に、一人の主婦が親しんできた川を守ろうと保存運動を始めたそうです。これをきっかけに行政も動き、ウォーターフロント開発につながったということです。
市街地のグランドラインの7.5m下に川沿いの遊歩道が整備され、川と間には柵も設けられていません。日本と違い、景観を大切にする代わりに自己責任は徹底しているというこです。 サンアントニオのウォーターフロント開発の具体的な内容までは紹介しきれませんが、ここでのポイントは一主婦の問題提起を市の行政は受け止めて、計画の流れも変えて行ったということです。

 次に紹介していただいたのは、ニューヨークのBID(Business Improvement District)の事例です。1970年代のニューヨークは南部からの黒人の大規模移民が起こり、当時の市長の黒人よりの政策が市財政の破綻を招くことになった。次の市長は大規模なコストカットや市職員、市警職員の大規模な解雇を行い、これが治安の悪化や行政サービスの低下を招くことになった。こういう状況の中で、市民が資金を出し合って警備員を雇用し、イベントを企画して商店街にお客を戻すなど、住民の力でコミュニティを守ろうという運動が起こってきた。こういうBIDが現在マンハッタンには70あるそうですが、BIDが実現できたのも一人の主婦の提案がきっかけだったそうです。現在のBIDのひとつ、ブライアントパークの例を原田さんご自身が撮影された写真も含めて紹介していただきました。
 また、2009年に完成したニューヨーク、ウェストサイドのハイラインは、鉄道高架の廃線を活用した空中庭園として、最近日本でも話題になりましたが、これも、ジュリアーニ市長の時代に取り壊しが決まっていたものを、二人のおじさんが「ハイラインの友達」というNPOを設立して始めた保存運動がきっかけだったそうです。

 原田さんは、アメリカと日本の大きな違いは、市民と行政、市民と議会の距離だと指摘されます。アメリカの行政は、おばさん、おじさんでも一般市民の声を聞き入れる度量がある。アメリカの議会は議員自身が法律や条例をつくる。議会に市長や行政幹部の姿はなく、議員だけで議論される。 また、各自治体には都市計画委員会といった部門ごとの委員会が設けられ、市民が傍聴している。市民提案でも、結論が先送りされることはなく即決され、委員長は決められた方針をその場で都市計画局の職員に指示するそうです。
 
 原田さんのお話から、アメリカやスウェーデンの行政の市民へのきめ細かなサービスや親切な対応とこれらに裏付けられた国民の信頼感。議員や市長に求められる高い倫理観、市民への説明能力やディベート力など、日本の行政、議会、議員との隔たりの大きさに、いまさらながら唖然としてしまいます。
 最後に原田さんの区長時代を含めて、日本行政の市民への対応や考え方の一端を具体的な例を交えて聞かせていただきました。なまなましいお話で、支障があってはいけませんので、ここでは活字にできないことをご容赦ください。
 
 原田さん、お忙しい中、 貴重な楽しい話をありがとうございました。せっかくのお話内容を十分に紹介できず申し訳ありません、舌足らずで説明不足や間違いがあれば、どうぞ、遠慮なくご指摘ください。
 紹介しきれなかった内容は原田さんのご著書「欧米に学ぶ ”健康快適都市” ~ 新時代を生きる市民による都市像とは~」で詳しく書かれています。ほかにも、原田さんが実際に見聞されたたくさんの事例やアメリカの都市づくりに関する話題が豊富に掲載されています。
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784886142580

欧米に学ぶ 健康快適都市 原田 敬美(著/文) - 都政新報社 日本と似て非なる欧米の建築・都市・地方自治を紹介する。 古臭いと言うなかれ。今なお日本にとって学ぶべき教科書である。 本書は、前・港区長が50 年にわたって調査・研究したフィールドワークの… - 引用:版元ドッ....

26/05/2021

第154回木曜サロンの報告です。(長文で失礼します。)

■テーマ:「多摩ニュータウンに事務所を開設して3年間の活動とこれからの展望」
■講 師: 横溝惇(よこみぞ あつし)さん/スタジオメガネ主催

 横溝さんは横浜国立大学大学院 を卒業後、飯田善彦建築工房を経て2017 年にご自身の設計事務所スタジオメガネ開設され、2018 年から多摩ニュータウンの落合商店街に設計事務所を設けられました。
 今回は「マチで過ごす」「マチに開く」「マチを活かす」「マチを動かす」という4つのキーワードをもとに話をしていただきました。

「マチで過ごす」
 横溝さんのパートナーが多摩ニュータウンの出身で、たまたま落合商店街を散歩していたときに、中央に立派なケヤキ並木のある商店街に魅力を感じ、空き店舗のテナント募集の貼り紙を見て、この場所に設計事務所を置いたらどうなるかを想像し、期待感を抱いたのがきっかけだそうです。それまで勤められていた 飯田善彦建築工房は横浜でブックカフェを併設した事務所で、そういう体験から”まちに開く”という意識を持っていたことが原動力になっていたのではと話されていました。
 多摩ニュータウンの一般的なイメージにはいいイメージ、悪いイメージもあるが、視点を変えてみると逆のイメージにもなる。こういう視点を変えてみるという考え方でプロジェクトを進めているということです。
 「緑が豊か」⇔「管理コスト」が膨大」、「公園がたくさん」⇔「使いこなせない」、「子育てしやすい」⇔「世代が固まる」、「高齢化が著しい」⇔「昼間の人口が増える」、「団地だらけ」⇔「安価に暮らせる」、「夜くらい」⇔「夜の娯楽の余剰がある」

「マチに開く」
パルテノン多摩での三浦展氏の講演を聞きに行ったことがきっかっけで、氏の助言を受けて 暗くさびしい 退屈なニュータウンにスナック兼設計事務所を開き、夜の娯楽をつくる「建築スナック」を始められました。
鳩山ニュータウンなど、他のニュータウンのアーティストや建築の専門家などに来てもらい、ニュータウンの中で食事をしながら率直に語り合うという、一方通行ではない、新しいシンポジュウムの在り方を見つけることができたということです。
10回シリーズで、三浦氏の協力のもとに「世界の郊外展」を開催し、「ブラたまり」と称するマチ歩きや講演会、展示会、また、著名な建築家や研究者に来てもらい、食事をしながらニュータウンを語り合うという試みをやってこられました。
その中で、一人のシェフが現れ、設計事務所だけでなく、夜の居酒屋、食事のできる場所に変換していくことになったそうです。
三浦氏によると、「これから必要なのは、女性が男性にサービスするばかりでなく、女性が楽しむ、子連れでも楽しめる、新しい夜の娯楽」という意味での「夜の娯楽」だそうです。

「マチを活かす」
「道路が細いならマチに合わせた消防車をつくればいい」という 山本理顕氏の言葉を紹介し、ニュータウンについても視点を変えて想像してみるということを提案されます。
「都市を遊ぶ」「マチの中で遊ぶ」このの可能性の実践として、中央公園のオブジェやパルテノン多摩のパーゴラを使った遊び、また、「既存のマチを使ったイノーベーション」として、駐車場を使った「夜ヨガ」、永山商店街に白布を張り渡し、子供たちに絵をかいてもらうイベントなどを紹介していただきました。

「マチを動かす」
小規模で点在する、徒歩圏にある商店街の可能性に着目し、ニュータウンに生業を持つクリエイティブな人たちと組んで、 「ニューマチヅクリシャ」という活動を始められています。その信念としてルイス・カーンの言葉を紹介しながら、大人たちが不通に働く姿を子供たちに見せながら、ニュータウンの使い方を考えてもらえるよう、それこそが持続可能なまちづくりにつなげていこうということだそうです。
その活動として、デザイナーユニットの”ミッケリミッケ”さんと組んで、豊ヶ岡商店街で行った、ガチャガチャを使ったランタンフェスティバル、
インディペンデント・キュレータの青木彬さんとの協働で行った、空き店舗やマチのすき間空間を使ったギャラリー、イベントスペースなどの「たまのニューテンポ」、
恵泉女子大学の澤登先生との協働で行った、豊ヶ丘商店街のポケットパークを活用した、園芸や都市農業、落ち葉コンポスト、どんぐりの染め物などの「ニュータウン・ファーマーズ」
商店街のアーケードで土日の商店の休業の日に、個人の小さなお店をマルシェ型式で行う「ゴキンジョ・ショーテン」などを紹介していただきました。
(それぞれ、大変興味深い内容ですが、一つ一つを詳しく紹介できず残念です。)

お話のまとめとして言われたのは、「視点の再発見と創造」という言葉でした。多面的な視点で、ニュータウンのなかに余白を見出し、そこを使って遊べる、いろいろな可能性が広がっていく。ご自身のスタジオメガネをモデルケースに、「オフィフ+食+イベント」のシェアできる場所を提供し、ニュータウンのなかの開かれた場所としたい。
最後に、「ソーシャリー・エンゲージ・アート」という概念をご紹介していただきました。これは”地域や社会が抱える課題に対してアーティストが様々な人をまきこみながら行われる活動”ということで、建築やマチの視点で、アーティストやデザイナーと一緒に様々な活動をやっていくことが目標で、その活動を建築の仕事にもフィードバックしていきたいとおっしゃっていました。

参加された皆さんからは、建築スナックのこれからの展開、様々なプロジェクトの運営資金の問題、継続性やイニシャルコストの確保とサポータークラブなどの提案・・・など、活発な議論ができ、充実したサロンになりました。
横溝さん、お忙しい中、 盛りだくさんの 貴重な話をありがとうございました。せっかくのお話を十分に紹介できず申し訳ありません、舌足らずで説明不足や間違いがあれば、どうぞ、遠慮なくご指摘ください。

25/03/2021

一般社団法人 園Power(園パワー)|子どもの空間をつくる女性建築士

第153回木曜サロン(3月18日)の報告です。(長文で失礼します)

■テーマ:「公園に開かれたこれからの公園内保育所〜クロストークから⾒えてきた公園と保育所〜」
■講師: ︓横⼭眞理(よこやま まり)さん((有)横⼭環境計画事務所+カフェ・ドゥードゥー 、(⼀社)園Power )

 横山さんは市内に設計事務所を構える建築家で、たま・まちせんの設⽴当初からの会員でもあります。東京建築⼠会に所属する⼥性建築⼠10人で、⼦どもの成育環境を考える(⼀社)園Powerを⽴ち上げられました。今回は、都市公園法の改正により可能性の広がった公園内保育園の在り⽅を提⾔されている(⼀社)園Powerの活動をご紹介いただきます。

  「都市公園の再生・活性化」を目的として 、2017年に都市公園法が改正されました。この改正により保育所などの社会福祉施設(通所利用)の占有が可能となり、平成31年4月時点で全国で11の保育園が開設されています。ほかに、この改正では民間事業者による収益施設(飲食施設・売店など)もできるようになりました。この背景には、保育ニーズの高まりによる待機児童の増加や保育園施設用地の確保の困難さが指摘されます。
 都市公園法改正より以前に、2015年の国家戦略特区の改正で公園内に保育所などを設置することが可能となっており、これまでに18の保育園が開設されてます。

 「保育園落ちた。日本死ね」という声が大きく取り上げられ、待機児童の増加、保育園の不足が社会問題となるような背景のもとで、公園内に保育園を設置可能とする規制緩和が進みつつあるなか、2016年に杉並区で公園を転用して保育園を設置するという区の方針に対して、子供たちの遊び場を守りたいという住民の反発が起こりました。
 議論が平行線のまま膠着するなかで、東京建築士会に所属する村上美奈子さんをはじめとする女性建築家有志により、既存の保育園の改善により、保育園の収容力を増やそうというプランを提案され、杉並区とともに「クロストークイベント”緊急改修アイディア~待機児童解消につながるヒント~”」というテーマでシンポジウムを開催されました。シンポジウムには保育園関係者や保護者のほか、行政、設計者など多くの方が参加され、大きな反響があったということです。

 このクロストークをきっかけに、 2016年11月 村上美奈子さんを代表理事に(一社)園Powheを立ちあげられます。活動目的には「建築士としての経験を活かし、対話のなかだちとなり、よりよい生育環境の構築をめざし・・・」とあります。単に設計者としての立場だけでなく、様々な立場の人たちの知恵やアイデアを引き出し、子供たちの育つよりよい環境を提案し、創出するという理念のもとに活動されています。
 2020年1月11日に、クロストーク「保育 ∩ 公園 ~待機児童対策を越えた公園内保育園の可能性~」を開催されますが、横山さんの話から、このクロストークはシンポジウムというイベントの枠を超えた、一つのプロジェクトとして実行されているということがわかりました。
 
 公園内保育所の視察、関係行政や保育事業者、設計者へのヒアリングなどの 公園内保育所をめぐるリサーチからプロジェクトは始まります。ヒアリングから、ハードや施設に関する問題、ソフトや運営に関する問題を整理されています。例えば、公園内保育所は占用使用となり更新はあるものの占用期間が10年(20年に更新も可能)で、運営上の制約となっていること。また都市公園法における占用範囲と建築基準法上の仮想敷地という二つの敷地境界が存在することなど、特殊な条件があることもわかりました。
 さらに、ラウンドテーブル(円卓会議)を2回開催されます。第1回は事業者・設計者・研究者から話を聞き、現状における課題や解決へのアイデア、公園内保育所への期待などが議論されました。 第2回は公園設計の実務者、保育事業者や公園利用の研究者を囲んで、関連制度や役割・機能、活用事例やアイデアなどの議論が行われました。
 
 地域と保育の研究者である横浜市立大学准教授三輪律江氏は地域で子どもを育てることで、コミュニティの醸成にもつながるという「まち保育」の研究・実践者ですが、三輪氏の話として、横浜市の「保育施設による公園活用とマネジメントの在り方研究会」における、いずみ反町公園保育園の設立に至る取り組みの紹介をしていただきました。
 公園設計実務者の石川純氏の「都市公園はなんでもできる魔法の風呂敷」という言葉は、本来的な公園の持つべき機能や可能性を示唆するものといえるかもしれません。管理者の都合で禁止だらけの公園の看板は本来の公園の在り方とは言えないですね。
 公園利用・子どもの遊び場の研究者である梶木典子氏の話として、阪神淡路大震災の経験から「公園は空いていることに価値がある」と、また災害時の拠点となる公園に普段から地域のの人が行く環境をつくることが大事ということを紹介していただきました。
 保育の実践者として、渋谷東しぜんの国こども園の運営者である齊藤紘良氏の投げかけ「公園内保育所は子どもの帰ってくる場所となれるのか」「公園を使うことに責任をもって使い方を考える」は印象的です。また、公園の使い方を決める仕組みを地域が担う「協議会」に期待されていました。
 
ヒアリングと2回のラウンドテーブルを通じ3つの仮説を組み立てられました。「公園から考えると保育園がもっとよくなる?」「境界エリアを工夫すれば保育環境を守り公園も活かせる?」「公共性があればひらかれた施設になる?」
この仮説に基づき、クロストークイベントを企画、園Powerの提案をまとめられています。
講演では、都市公園法の改正に深く関わり、公園の未来活用や「公園を使い倒せ!」を唱える SOWING WORKS代表の町田誠氏と、先駆的な子育て公園施設「てくてく」の設計者である長岡造形大学教授の山下秀之氏の講演が行われ、その概要を紹介していただきました。
 また、参加者全員を3つのテーマで6グループにより「あったらいいな!こんな公園内保育所」というフレーズのもとにワークショップが行われました。

 園Powerは、この一連の活動から「保育∩公園」の理想の形として提案をまとめられています。
提案は、公園内での配置や空間の配置などの「空間のパターン」、使い方、機能、防災、地域との関わりや運営などに関する「アイデアカード」、専門家のサポートや在り方研究会などを活用して実現していく「プロセスイメージ」から構成されています。
 空間パターンの例として、地域に開かれた1階と2階の上手な関係、地域の街なみをつくる「まちの縁側」、バッファーゾーンに可能性を見つける裏のない保育所などがあります。
 アイデアカードは、地域施設・公園施設と組み合わせるアイデアカード、保育所の機能を地域の人が利用するアイデアカード、屋外エレメントのアイデアカード、防災のポテンシャルを高めるアイデアカード、保育∩公園を実現・継続するアイデアカードなどがあります。
 プロセスイメージは、計画から事業者の公募・決定、工事、開園、占有利用期間終了という流れに沿って、あり方研究会、協議会、専門家などのかかわり方を図式化しています。

 今回のまとめにあたって、横山さんのお話と合わせ、「保育∩公園」の冊子を参考にさせていただきました。横山さんのお話も、この冊子の内容もとても盛りだくさんで奥深いものがあり、十分にご紹介できませんでした。ぜひ、興味のある方は、冊子をご覧になってください。
入手は、横山さんに直接メールしていただくか、このメールに返信していただいても結構です。一冊500円(送料込み)でお届けしますということです。
 横山さんのアドレス ⇒ [email protected]
 園Powerのホームページもご参考にしてください。
  http://www.en-power.org/index.html

 保育園と公園という関係だけでなく、様々な公園の利用や公園内施設の可能性などのヒントもたくさん盛り込まれています。多摩市では中央公園内に図書館が建設中ですし、公園のPFI事業も始まろうとしています。加えてパルテノン多摩も大規模改修中で、完了後には公園との連携も考えた運営がなされるはずです。
 多摩ニュータウンには、あまり使われていない公園もあり、その活用や活性化も課題となっています。
 こういう問題に対しても、たくさんのヒントやアイデアをいただけたような、横山さんのお話でした。ありがとうございました。

一般社団法人 園Power(園パワー)|子どもの空間をつくる女性建築士 園Powerは、子どもたちのよりよい成育環境の構築を目指し、調査、設計、共有の活動しています。

電話番号

住所


諏訪5-6-3-102
Tama-shi, Tokyo
206-0024

その他 Tama-shi 非営利団体 (すべて表示)
特定非営利活動法人コレクティブハウジング社 特定非営利活動法人コレクティブハウジング社
多摩市関戸3-18-3
Tama-shi, 206-0011

「コレクティブハウジング」 豊かな共有空間を持ち コミュニティで暮らす住まい方 新たに人と人とが つながり直すことのできる暮らし

特定非営利活動法人コミュニティーネットワーク 特定非営利活動法人コミュニティーネットワーク
鶴牧1-4-10 アネックス鶴牧103
Tama-shi, 206-0034

特定非営利活動法人コミュニティーネットワークは、障害者が主体となって運営を行い地域で自立生活を営む障害者に対し介護派遣事業を行っております。

一般社団法人エッグシェル 一般社団法人エッグシェル
落合6-9-12-503
Tama-shi, 206-0033

特定非営利活動法人 ちいろば                                      特定非営利活動法人 ちいろば
東寺方1-16-3
Tama-shi, 2060003

ハンディのある仲間たちの働く場を作りたい

NPO法人 多摩子ども劇場 NPO法人 多摩子ども劇場
落合1-46-1 ココリア多摩センター407
Tama-shi, 206-0033

2013年3月27日東京都認定NPO法人になりました。 (2019年4月11日 認定を再取得しました!) 心に栄養! 夢見る力!! 子どもをまんなかに文化で地域をつなぎたい!

多摩サッカー協会 多摩サッカー協会
Tama-shi, 206-0031

多摩市を中心に活動するサッカー協会です。2007年のNPO法人の認証を機にこれまで以上にサッカーを通じた地域貢献に取り組みます。

特定非営利活動法人シーズネットワーク 特定非営利活動法人シーズネットワーク
落合1-46-1ココリア多摩センター4階409号室
Tama-shi, 206-0033

子育て支援、女性の社会参画支援、まちづくり の3つを柱に、東京都多摩市で活動しています。

多摩市子ども家庭支援センター たまっこ 多摩市子ども家庭支援センター たまっこ
豊ヶ丘1-21-3
Tama-shi, 206-0031

多摩市子ども家庭支援センター たまっこ の子育て広場事業 公式FBページです。 たまっこの子育てひろば、 多摩市、そして多摩センターエリアの情報などを 発信しています。

Yellow Rabbit Circus Yellow Rabbit Circus
永山
Tama-shi

黄色兎子雑技団(おうしょく うさぎ ざつぎだん)は、邪楽・koo・yum の3名によるユニットです。

馬引沢自治会 馬引沢自治会
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一般社団法人多摩児童図書館 一般社団法人多摩児童図書館
落合1-38
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英語の絵本が充実している児童図書館です